ママとヨガと空からの救い
今日はママのお墓参りにいきました。
ママってわたしの母方の祖母、おばあちゃんです。
ママってよんでるんだけど、みんな。
久しぶりに行かれました。
ずーっと行きたいと思っていたけど、なかなか行かれてなかった。
大好きだったママ。
ママは勇敢だった。強かった。潔かった。自由だった。
どうして、そんなすっと立って、ふわっと笑って、ふーっとみつめて、
ひとりで生きられるのか、どうしても分からなかった。
さみしいとかかなしいとか、いっさい見せなかった、少なくともわたしには。
ミステリアスで、でもすっとんきょうでまったりと。
かっこよかった。
ママみたいに強くなりたい、ぶれない地に足がついた女性になりたい。
といつも思っている。
ママ、いつもありがとう。
そして夜、ヨガに行ってきました。
久々のヨガです。
最近のこのどうしようもない負のループをどうしたらいいのか、と、ふと、
あ、ヨガに行こう、とおもい、いってきました。
すごくあったかくてやわらかいスタジオで、いいにおいとゆるやかな音と先生のやさしくてまあるい声。
あ、大丈夫なんだ。
と思った。
いままでだって、ものすごい悲惨なことも辛辣なことも全部乗り越えて来たんだ。
なにかがなくては生きていかれないということはないのだ。
人はすぐ錯覚をする。
人は脆くて弱いから、ちょっとしたことで崩れたり狂ったりする。
でも、本当はたいしたことないんだ。
思考は単純でスマートだから、すぐ陥れられる。
でもちがうんだ、
ちゃんといま息を吸って吐いてちゃんと生きてるんだ。
最近、いろいろ小さいことから大きなことまで重なって、心が握り潰されていたけど、
でも本当はたいしたことないんだ。
空は広くて、空気はここにある。
そう思った。
空が綺麗だ。
ヨガを終えて、わたしは身体がようやく地面に戻ったような気がした、
ずっと、5ミリくらい浮いていたような、今それをきづく。
自分の身体が戻って来た。
ちゃんと息を吸って、吐き出して、目を閉じて、開いて。
生きている。
大丈夫、わたしは生きている。
それは限りない事実で、空も空気もそれを知っていてくれている。
大丈夫だ。
ただ生きていこう。
わたしはこんなにも生きているのだから。
明日も素晴らしい一日に。
空を見上げて深呼吸しよう。
love
risako